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TrueVoice Vol.03

Vol.3 怪魚ハンター 小塚拓矢インタビュー(前編)

基本的に一度釣った魚は二度釣らない
最小限の搾取で最大限の満足を得る

小塚拓矢は、埼玉県内を流れる、ある川にいた。狙う獲物は自身が未だ釣り上げたことがない「ギバチ」だ。環境省が絶滅危惧種に指定した日本固有の小型のナマズ。その川にいると聞き、富山県の自宅から上京する機会に立ち寄ったのだ。初対面の川、初挑戦のギバチ。静かに川に踏み入り、ポイントを見極める。10分程度経ったか。歓喜の瞬間は突然訪れた。川に入ってから初めてヒットがあり、おもむろに竿を引き上げると、針先には体長20cmほどのギバチがかかっていた。
ヨッシャー!!――。小塚の雄叫びがこだました。案内役を務めた地元漁協の関係者も「これほどいいサイズのギバチを初っ端から釣るとはさすが」と目を丸くする。小塚は言う。「アマゾンの怪魚も、ギバチのような小さな珍魚も初めて釣れたときの興奮は同じ。絶滅危惧種がこんな小さな川に人知れず生息しているのを確認できたことも収穫です」。
記念撮影をした後は、静かにリリース。見送る小塚の姿はどこか寂しげだ。「だって、もう味わえないじゃないですか、初めて釣る時の感動を。それにあくまで個人的見解ですが、僕は基本的に一度釣った魚をもう一度釣りたくはないし、ルーチンな繰り返しとして釣り続ける行為はダサいとすら思う。単純にもっとたくさん釣ろう、サイズアップを狙おうとは基本的には思わない。それはサスティナブルな自然との関わり方ではないと思うから。だからもう二度とギバチという魚に今日のように燃えることはないんだなと思うと、少し空虚な気分にもなる」。
魚は好きだし、釣りも好き。世界に約2万8000種いると言われる魚に、できるなら全部会ってみたい。しかも、無類の欲張り。ありきたりの獲物では物足りない。だから未知の怪魚や珍魚に魅かれる。ただし、である。釣りはたとえリリースするとしても、魚を傷つける行為であることは間違いない。だから自分に課している。「僕の釣りは、自然からの最小限の搾取で、最大限の満足を得ること」。これが小塚の、いわば“流儀”だ。

外国魚を退治しに行った少年時代
釣りへの想いが再燃した高2の夏

小塚の釣り初体験は1、2歳の頃と言う。といっても、本物ではない。父親が段ボールを魚や蛸の形に切ってクリップをはめ、磁石を付けたタコ糸を園芸用の棒に結んで作った、手製の釣り堀玩具だ。「釣りというより、魚が好き、が始まりだと思う。」水族館がことさら好きだったようで、両親は日本全国に連れて行ってくれたという(写真:2歳の誕生日)。実際の釣りは、幼児期になってから。父親に連れられ、地元の富山湾に行くこともあった。さらに小学校に上がると、放課後は近所の用水路でウグイを釣ったり、海でキス釣りをしたりすることが日課になった。
小学校高学年の時にある光景を目にする。帰り際の夕マズメ、釣り人が防波堤からルアーを投げて高級魚のキジハタを釣っていたのだ。「擬餌なんかで釣れるわけないと思っていたので、僕にとっては衝撃的。次の釣行時に落ちていたボロボロのワームを使って試しに投げてみた。すると、クジメと、アナハゼがかかったんです。これは面白いと、そこからは一気にルアーに傾倒していった」。
期せずして起こったバス釣りブーム。当時小学6年だった小塚も祖母の家の近くにブラックバスがいるという情報をキャッチする。「なんでこんなド田舎の池に外国の魚がいるんだ」。小塚はその情報に驚き、同時に「よくわからないやつがいるなら、やるしかない」と使命感が沸いた。その頃の小塚少年にとってブラックバスはまさしく怪魚。「ルアーで『怪獣を倒しに行く』感覚だった」と振り返る。「僕のまだ見ぬ“世界”を、異国を泳いでた魚が、そこにいるんだと。宇宙人と同列、そんな感覚でした」。
初挑戦の日は釣れず。悔しくて夏休み最後の日に再び“怪獣退治”に挑むと、幸運にも獲物を手にすることができた。「今でも明確に覚えています。とてもいい夏休みの思い出。それは僕にとって釣りの大きな原体験になった」。
中学に入ると、ブラックバス一辺倒の時代が始まる。剣道部の部活が終わった後に自転車で駆け回り、学校周辺の池で投げ続ける。毎月26日に発売されるブラックバス専門誌もむさぼり読んだ。
だが、高校生になると、熱気がパタッとやむ。「カッコつけることを覚えてしまってね。聞かれなければ『釣りが趣味』と言わなくなった。代わりに、高校1年の秋頃からみんなギターを持ち始めるんだけど、僕もご多分に漏れず、竿をギターに持ち替えた。あれだけ釣りに狂ってたのに」。
久しぶりにロッドを持ったのは高校2年の夏。付き合っていた女の子と別れ、鬱々としていた気分を転換しようと海に出かけた。8月後半でキジハタの最盛期だ。「本当は『海風に吹かれて悲しんでいる自分』という演出に酔いたいから行っただけ(笑)。でも、キジハタが釣れ、忘れかけていた『熱さ』が甦ってきた。そこからは中学の時に匹敵するレベルの“釣りキチ”に戻った」。

自由旅で怪魚を釣る生活に憧れる
初の海外釣行に備え無人島で合宿

東北大学に進学し、生物の進化を学ぶ一方で、国外での釣りにも目覚めた。きっかけは高校時代に世界を釣り歩く武石憲貴の存在を知ったことだ。小塚は大学受験終了後、その足で武石が住む秋田まで会いに行っている。外国での釣りと言うと、通常は現地のガイドがポイントまで案内する。だが、武石は現地で馬を購入し、単独で草原を駆け、ジャングルに分け入り、奥地の川でそこにしかいない一匹を釣ったという。
「超カッコいい」。小塚は武石に感化され、自らも海外で旅をして怪魚を釣ろうと決心する。入学後は、交通誘導などのバイトで4カ月働き、生活費や授業料などを差し引いた約10万円を毎月貯め、1カ月試験に費やした後、1カ月海外に釣行する。その半年間のサイクルを回すことが、小塚の学生生活のすべてになった。
最初の訪問国はタイ。自身初めての海外旅行だ。小塚は自らを「ビビリ」というが、じつは意外に慎重派だ。この時も「海外の僻地で手持ちの金を奪われた」場面を想定し、事前に国内の無人島で対策合宿を試みている。「今思えば意味不明でしたが、空腹だったりに対する肉体の限界を知っておきたかったんでしょう。大学のクラスメイトたちを誘って牡鹿半島の無人島へ。……結果的にウニの密猟疑惑をかけられ、有人島のキャンプ場に強制移動させられるんですが(写真:小塚は右端)。他のキャンプ客から「余ったんで」ともらった食料に、がっつきましたねー(苦笑)。その後、25kgの荷物を背負い、1日何キロ歩けるかやってみた。結果、僕は1日55km歩ける。ということは、飛行機が出る6日前までに空港から300km圏内にいれば、金がなくても帰国できる」。
仙台から友人の住む新潟までヒッチハイクの「練習」もした。頭の中で膨らむ「海外は危険な場所」という誇大妄想。あらゆるリスクを思い付いては、一つひとつ潰していったのだ。「でも、いざ行ってみると、タイの首都バンコクは大都会。ミャンマーとの国境にあるカオレンダムに足を運び、シャドーという怪魚を釣ったけど、結局自分が思っていたような危険は皆無。楽すぎる旅でした。そこで、半年後、次の釣行ではいきなり世界三大魔都と呼ばれるパプアニューギニアにぶっこんだわけです」。
ただし、その“ぶっこみ”には思わぬ落とし穴が待っていた。小塚は現地でマラリアにかかって、“ぶっ倒れた”のだ。

(敬称略)~前編終わり、後編に続く~

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